ドクターUの幻語新作13【睡眠】

ドクターUの幻語新作13【睡眠】

睡眠は「脳の工事現場」

私たちはつい、「起きて考え、動くことで脳は成長する」と思いがちです。
でも実は、脳が本格的に作られているのは眠っている間なのです。たとえるなら、昼間はお客さんでにぎわうお店、夜はシャッターを閉めて改装工事をするようなもの。

起きている時間は営業中、眠っている時間は脳の内部工事の時間です(最近の研究では寝ている間に清掃作業をしているという説もあります)。しかもこの工事、最初に始まるのは「静かな休憩」ではなく、レム睡眠という、脳が活発に動いている状態から始まります。

赤ちゃんの脳は「夢の中で予習している」

赤ちゃんや胎児は、1日の大半を眠って過ごします。これは「何もしていない」からではありません。アメリカの研究者J・アラン・ホブソンは、胎児は生まれる前から、体の動かし方をシミュレーションしていると考えました(Hobson, Nature Neuroscience 2009)。たとえるなら、本番の舞台に立つ前に、頭の中で何度もリハーサルをしている役者のようなもの。そのリハーサルが、夢のような脳の状態として現れているのではないか、というのです。

睡眠の進化は「昔の設計図」を引きずっている

睡眠は、いきなり今の形になったわけではありません。古代の単細胞生物の睡眠はPCの「スリープモード」のように「ちょっと電源を落として休む時間」のようなものと考えられます。それが多細胞生物へ、さらに脳をもつ生物へと進化するにつれて、睡眠は

  • 脳や体の壊れた部分を直す
  • 情報を整理する
  • 次の日に備える
  • 脳の中に溜まったごみを外に捨てる(最近の説)

という、多機能システムになっていきました。「個体の成長は進化の歴史をくり返す」というヘッケルの反復説に基づくと、私たちの睡眠の特徴においても、進化の過程が反映されているのかもしれません。実際、脳が高度に発達した哺乳類ほど、睡眠のパターンは複雑です。

現代人の睡眠トラブルは「最新OSと古い本体」

PCの最新OSを、古い機種に無理やり入れると動きが重くなりますよね。現代人の睡眠問題も、それに少し似ています。私たちの脳は太陽の動きに合わせて眠るよう進化してきたのに、現代社会は

  • 夜遅くまで明るい
  • 情報が絶えず流れ込む
  • 生活リズムが乱れやすい

という環境です。現代人の睡眠トラブルは、急激に変化した生活環境に、私たちの体や脳がまだ十分に適応できていないことの表れかもしれません。

夢は「細胞が勝手に作るショートムービー」

小説家の夢野久作は、その著書の「ドグラ・マグラ」の中で、夢を独特な形で説明しました。夢とは、眠っている間に、体の一部の細胞だけが目を覚まし、その細胞が感じている刺激や気分が、脳のスクリーンに映し出されたものだというのです。たとえるなら、監督も脚本もいないのに、細胞たちが勝手に編集して作る短編映画。話の筋が飛んだり、意味不明だったりするのは、作者が最初から「わかりやすい物語」を作る気がないからなのです。夢野久作はさらに、先ほどのヘッケルの説に基づいて、人の心の中にも進化の名残があると考えました。たとえば、「理由もなく怖くなる」「闘争心が湧く」「危険に敏感に反応する」などです。これらは、原始時代を生き抜くために必要だった防御システムの「化石」かもしれません。驚くべきことに、これらの発想を生み出したのは、科学者でもない、一人の探偵小説家だったということです。「ドグラ・マグラ」は、「日本三大奇書」とされ、ストーリーも説明不能な難しい小説です。一説には読み終えた人は気が狂うともいわれております(私は飛ばし読みしたので大丈夫です)。彼のすごさは、難しい理論を、(理解できるかはともかく)物語として体感できる形にまで落とし込んだことにあります。だからこそこの小説が現代においても読み手の脳と心を揺さぶり続けているのかもしれません。